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- 種類
- 歴史資料
- 名称
- 鳥居
- よみ
- とりい
- 員数
- 1基
- 所有者または管理者
- 光松八幡神社
- 所在地
- 徳用二丁目200番地
- 指定年月日
- 平成 2. 5.29
戸室[とむろ]石でつくられた鳥居は、明治4年(1871)金谷御殿[かなやごてん]の八幡宮と同時に徳用村へ移転されたものです。現在は折損していますが、柱には「文久三年(1863)癸亥[きがい]九月吉日」、一方の柱には「守殿[しゅでん]御寄附」と彫刻されており(守殿の上には御の字があったと思われます。)、もともとは第13代藩主前田斉泰[なりやす]の夫人偕子[ともこ](第11代将軍徳川家斉[いえなり]の娘溶姫[ようひめ])によって金谷御殿の庭園に寄進されたものと考えられます。